日々の日

主にプラモデルの制作録

久しぶりに旧友と会ったのだ

久しぶりの更新となります。どうも圭介です。どっこい生きています。文章を書くのはひさしぶりですね。最後の記事が去年の10月なので5か月ぶり。
まだ頭の中は落ち着いていないし、思考力も戻っていません。むしろ少々悪化しておりますorz。それでも、というか、それだからこそ、ブログを再開することにしました。頭を使って練り上げ、表現し、読んでくれる人に届けるという行為は、なにがしかの意味があることだと思いなおしたからです。
さてさて、表題にある通り、今日は小中学校からの友人二人と8年ぶりに再会しました。きっかけはLINEを入れたこと。車で迎えにまで来て頂き、そこから、昔住んでいた街を巡り、一緒に食事をしました。楽しい時間を過ごさせていただきました。声をかけてくれたことは本当に嬉しかったですね。普通の病気の枠内には入れてもらえないような病、それと伴に生きている私に対して、フツーに接してくれたこと、そのことには感謝です。
実は今回会うことには、すこし心理的なハードルがありました。年末から病状に波があってスランプでしたし、会話が弾むか、盛り上がるか心配な部分もありました。それになにより、私は妙なところで完璧主義者で、病気が治ってから再会しようという思いもありました。でも、治るのに10年、15年はかかる人はザラにいる、私もそのくらいの時間がかかるだろうと感じているので、それまで待っていたら、疎遠になってしまう。もう自分をさらけ出し、回復していく過程を伴にシェアしていく、それで良いという思いに至ったということもあります。それと、特に私のように普段、あまり人と交流しない生活をしていると、座標軸を見失い、あらぬ方向に意識が集中してしまう。あさっての方向に突っ走ってしまう。考えが偏ってしまう。そうならないためにも、今の自分には、時に諫め、相談にのってくれる他者との繋がりが必要だと思っていました。そのようなちょっとした危機意識もありました。
以下に、接して感じていたこと、帰り道を歩きながら考えたこと、それを、書き残しておきたいと思います。
久しぶりに会い、話をして「私は今、分水嶺に立たされているな、進む方向の分かれ道に来ているな」と感じました。簡潔に言えば「人に贈与する人生をおくるか」それとも「自分中心の人生でおわらせるか」どちらを選択するかということ。なんか、すごい大げさですが。
少し長くなりますが、そう思った背景を記しておきます。
ちょっと触れましたが、年始から体調を崩していました。去年の11月までには陽性症状が治まり、「これは、もう一息で寛解するのでは」と浮かれた気持ちでいたのだけれども、年始からポツリ、ポツリと症状が出てきて、気持ちも沈みがちに。症状自体は、妄想とかではないので生活上の不便は無いのですが、心がしぼんだ風船玉みたいになっていて、弾まないんですね。趣味のイラストを描いていても以前のように夢中になれず。特にライフイベントがあったわけでもないので、何が原因だか分からず。
そんなわけで1月、2月はもがいていてすごしていました。なんとかしようとsnsで、イラストを晒して評価をいただいても、嬉しい気持ちは起きず、そのような気持ちが起きないこと自体に凹むという悪循環に陥いって、しかも、認知機能障害も悪化してきてさらに凹み度が加速するという残念な事態に。精神科医に言わせれば、「陰性症状による感情鈍麻ですね」で片付けられるのがオチで、こればかりは時間が過ぎるのを待つしかないし(陰性症状、認知機能障害に効く薬剤は存在しない)、それは分かっているのだが、どのような心持でこのスランプを耐えればいいのか、そんなことに思いを巡らしていました。
そうして今日、旧友と会って、その姿を見て思ったことは、「自分はエゴイスティクすぎるんじゃないか」ということです。私はイラストを描いたり、お見せしていませんがフィギュアを作ったりしているわけですが、それは、俺の技量を認めてほしいという、極めてナルシスティクな、かまってちゃん的な動機によるものだったのではないかとおもうんですよね。100%そうだとは言いませんが。謙虚さがないというか。25歳で病気になったので、社会経験はあまりないわけですがそれでも、もう30歳のいい大人なわけで、自己中心的な態度から脱却せねばならんですね。この世界の多様性、豊饒さに少しでも貢献する、自分の色を少し残して置いて去る、そのような、スタンスで臨めば、このスランプ、あるいは、ちょっとした長いトンネルになるのかもしれませんが、楽に過ごせるのかな、そんなことを思った次第です。長々と失礼。
次回の更新は、たぶん通院日の3月19日になると思います。ではでは。