日々の日

イラスト×プラモデル

ママ喪最終回!?

どうも、ママ喪です。タイトルを見てびっくりされた方もいるかもしれませんが、今回が「ママ喪」としての最後の日記になります。
ママ喪というハンドルネームを使い始めて、たぶん7年くらい。この名前は2ちゃんねるの「モテない男性板(略称:喪男板)」から生まれました。スレッドのタイトルは、もう忘れてしまった。たしか「どうせモテないし、ネットラジオしようぜ」的な名前だった思います。ママ喪の名は、そこで、ねとらじDJを始めた時までさかのぼります。
そのスレでは、DJ名はリスナーが決めるという掟がありまして、初回の放送で、2ちゃん用語で、おかんを指すところの「ママン」が「ママ」とリスナーさんには聞こえたらしく、それ以降「ママ喪」と呼ばれるようになりました。
最初のうちは「ママ喪って変な名前だな〜。」と思っていました。海のものとも山のものとも分からんし、女性か男性かの区別もつかないし。けれども、7年も使っていると、だんだん、自分に身体にフィットしてきて、違和感もなくなって来たのですが、このたび、この名前を脱ぐことにしました。その背景には大きな理由と小さな理由の二つがあります。ひとつは、私が毎週参加している障害者、主に知的障害発達障害をもっている人たちの集まりがあるのですが、これにいらっしゃっている女性から、携帯のアドレスを教えてほしいと言われたこと。これは、モテない男性板のローカルルールで禁止されている項目の第2項「以下に該当する男性及びそれを装う投稿(彼女持ち、元彼女持ち、素人童貞を除く非童貞、告白された事がある、女友達が居る、モテている、女性から好感を持たれている)」のうち「女性から好感を持たれている」に明確に該当します。この時点でもはや「喪」を名前につける資格はありません。
そして、もっとも大きな理由は、もはや「モテる」とか「モテない」とか、自分のなかで大した問題にならなくなった。もっと踏み込んで言えば「どうでもよくなった」ということに尽きます。べつに彼女ができたということではありませんが。
では、どうするべかな、と考えたのですが・・・。
私は、名前というのは、関係性の中で命名されるべきものだと思っています。社会の中で生きている私という存在は、ただ独りで完結することなく、誰かに頼り、頼られ生きているわけで、己の名前も自分でつけるような閉じた有り方ではなく、誰かに命名されるべきものだと考えています。ただし、父がつけてくれた本名をそのまま名乗ることは、差し障りがあるので、読みがなの「けいすけ」から漢字を一部改めた「圭介」でこの先ブログを続けていこうと思っています。
カタカナで「ママモ ケイスケ」とすることも考えたのですが、なんか漢字の方がかっこいいと思ったので。中華圏の人にも伝わりますしね。
あっ、診察はいつも通り一分で速攻で終了でした。

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