日々の日

主にプラモデルの制作録

依存してくる人との付き合い方はこれ如何に

どうも、ママ喪です。本日は2週に1回の通院日でした。ということで病院日記のお時間です。ここのところは、ちょっとダウナーなモードが続いていて、今日もメランコリックな気分なのですよ。私は、ストレスが加わると、離人感が強まるのですが、そんな中、少々気合いを注入して、今キーボードを打ってこの記事を書いています。まずは診察の様子を紹介する前に、その理由から吐露させて下さいな。
以下書かれていることは、私に依存してきた方の話とその顛末、そして反省点になります。話は長くなりますが、宜しければお付き合いください。
大学時代からの知り合いで、私と同じ病気を抱えた方がいるのである。彼は病気のため単位が取得出来ず強制退学を受け、再入学していて、いわば年上の後輩にあたる方であった。彼とは在学中交流があって、卒業後は疎遠になったのだけれども、最近、よく電話をかけてくるようになったのである。(こちらからは電話はせず、向こうからしてくる状態。)
と、今振り返ればそこまではちょうど良い間合いをキープできていたのだが、その先からはよろしくない展開に。
一度会いたいとのことで、近所に住んでいることもあり、5年ぶりに会い喫茶店で話をしたのだが、そこで、話が進むにつれ、以前より精神的に不安定気味で、かたくなな状態になっていることが浮かび上がってきたのである。彼曰く、「いまの若者は、バカなやつしかいない。やつらには何も遺すつもりはない。云々」。それに対して私は、「俺たちもアホだと思うよ。アホだから賢くなろうとするのだと思うよ。頭いいと勘違いしたら成長せんよ」。すると「俺が一流の大学を卒業したっていう業績はどう考えるのか」との答え。確かに彼の心情も理解できなくはない。彼はどこの組織にも属していないわけで、学歴しか立つ瀬がない状況にあるのだろうと思う。
さらに、また、彼は話しの端々で大学で学習した知識を披瀝していた。ポストモダンだの社会関係資本だの、相対的剥奪だの、私が忘れかけていた言葉である。頭がいいことをアピールするつもりだったのかもしれない。でも頭がいいと言っても、知識と知恵は違う。確かに大学では知識は得られる。しかし、楽しく生きていくための知恵は社会に出ないと得られない部分もある。彼は病気ゆえ社会に参入する機会を失っていた。このようなことは言うまでもないですが、充実した生活を送るためには、得た知識を元にいかに戦略を立てていくかという知恵が必要になる。彼はそれを得がたい状況にあった。それは、彼に落ち度があったわけではない。たまたま不運にも病気になってしまい、社会経験を積む機会を逃したということに過ぎない。でも世間はそこまで理解はしてはくれない。単なる偏屈な人としか見られない。私の見る限り、彼は、だれも寄り付かず、ますます偏屈になるという、負のスパイラルに陥っていた。
彼は友達は私しかいないと言っていた(私は知り合いとしか認識していなかったが)。そして、もっと友人が欲しいとも言っていた。同時に、大学時代の教員は頭の悪い奴ばかりだとか、愚痴もこぼしていた。そのようなネガティブなことも口にすると、余計友人が出来ないよと話すと、俺は多くの人に裏切られてきて人間不信になっている、とも言っていた。彼はすべてを受け入れてくれる人を求めているようであった。そんな人はいないのに。
会った翌日から、毎日携帯が鳴る日々が続いた。しばらくは私も彼の話に付き合い、私より年上の人ではあるがアドバイスはしていた。視野を拡げるために、私が参加している障害者の集まりに参加することも提案していた。しかし、彼は障害者が嫌いだと言い、また、自分は障害者では無い、俺は上から目線だから、社会を変えたいならお前がやれよと言っていた。フェイスブックツイッターで世界中にアピールすればいいだろと。そして社会を変えるより、自分が変わった方が簡単だと言い、デパスをかじっていた。まるで酒に逃げるがごとく。
この辺から、私は彼と話すのがしんどくなってきた。全く話が通じない相手なら諦めがつくが、彼は少しは私の言葉に理解をみせる。でも、根本的な考え方は変わらない。取りあえず恋人同士じゃないんだから毎日電話するのはやめてくれと話した。それでも携帯は鳴り、「お前とは絶交じゃボケ」との留守録を残して連絡は途絶えた。
このような結果になってしまった原因を端的に言えば、私の力量の不足ということに尽きる。一応、福祉系の仕事をしていたこともあったが、ブランクもあったし、今でも病人であることは変わりなく症状もあり、うまく伝えられない部分もあった。彼と関わりを持っていた複数の人で働きかける体制を作れたら変わっていたかもしれない。彼が自ら気づいてくれたらなぁーみたいな安直なまとめかたはここではしない。たぶん、今のままでは、気づくことはないだろうから。私としては自分が成長するための課題だったと捉えようと思う。
なんか堅苦しい話しになってしまいましたね。診察はいつも通りでした。