日々の日

主にプラモデルの制作録

精神科医もたいへんだぁ〜というお話+一人暮らし計画

診察の様子

 どうもママ喪です。本日は2週に一度の診察日でした。というこで病院日記のお時間です。診察はいつも通り、食欲、睡眠、外出の三点について聞かれ瞬殺で終了でした、といきたいこところですが、今日はちょっと長めでした。ここ2、3日精神面は良好だったのですが、身体面が不調で、やたらフラフフラしたり、気分が悪かったり、すこぶる喉がかわいて麦茶を飲みまくったり、やたら眠かったりで、体調がおかしかったのである。糖尿病にでも罹ったんじゃないかと心配して、主治医に状態を言うと、--ここからはテクニカルな話になるので、そのスジの人にしか分からないかもしれませんがご了承ください--ロナセンという抗精神病薬が怪しいのではないかとのこと。私の方からはエビリファイの重篤な副作用である糖尿病性ケトアシドーシスにでもなったんじゃないかと心配して、今朝分のエビリファイは服薬を控えたと伝えると、その可能性は極めて低く、ロナセンの副作用が一番に考えられる、よって減薬して3錠から2錠にしましょうという提案がありました。私もそれを受け入れ、しばらく様子を見ていくことで合意しました。  

 私は中学三年生の14歳からパニック障害で精神科に通っていて、現在29歳。気づいたら人生の半分15年精神科に通っていることになります。その間大学への進学にともない、独り暮らしをしたり、実家に帰ったりで都合4人の精神科医のお世話になっている。その中でも、今の医師は群を抜いて診察時間が短い。待合室はすかすかで診察にさける時間はたっぷりあるのに、である。
 これまで付き合ってきた医師は診察のなかで雑談をよくしていました。オススメの小説だとか、当時はまだ若かかったので進路の話しだとかである。今の医師はそうした雑談を一切しない。2年間、2週に1回会っているのに、スキがなく、関係がダレることもない。未だに私は診察の時には緊張する。けれどもこの人に任せれば大丈夫だという安心感も同時にあるのである。うまく言えないけれど、彼は職人的な感じに近い。淡々と的確な治療薬を処方していく感じ。仕事だから当たり前なのだろうけど。
 ただ精神科は、他の領域、治療科と比較すると、努力した分の‘はねかいり’はすくないように見える。「先生のおかげで、ずいぶん良くなりました」とは言われず、ただただ患者は去っていくのみである。ましてや、感謝ではなく文句を言われることも多々あるのである。実際、今日も隣の診察室では女性がワーワーわめいていて、それに対し院長のお爺ちゃん先生がなだめていた。

一人暮らし計画

 さてさて、前回の日記で、10月末までには、家を出て、障害年金と簡単なアルバイト(今、考えているのはポスティング)で一人暮らしをしたいと記していましたが、そのための手始めとして、年金の受給を準備していて、役所に行ったり、初診から1年半後の診断書、現在の状況を書いた診断書の二通を用意したりと動いていて、父母には特に話さずに事を進めていたのですが、診断書の作成料2通で計1万8千円を捻出できず、両親に事の概要を話しました。すると、予想より厳しい反応がかえってきました。「ママ喪より大変な人はたくさんいる」「手当を受けるのは最後の手段じゃないか、まず働けるようになってから、それでも足りないようなら貰うんじゃないか。順序が逆。」等々。どうやら生活保護と混同しているようだったので、国民年金を納付していないと受け取る事が出来ない事、また、いままで国民年金の保険料年額15万程度を毎年納めてきていて、傷病等で働けなくなった時には権利として受給できることを話しました。それで、障害年金に対しては理解を得られたのですが、ただ一人暮らしすることについては、「今の状況だと安心して送り出せない」、「祖父母(92歳と86歳)の介護が必要になってくることを考えると、両方の面倒を見に行くのは大変」とのことで、難色を示されました。よって、両親の不安を取り除くためには、掃除や料理等の家事をして、自活する能力があることを示していかなければなと思っています。